「聾者」と「聾学校」の単語を生み出した人は誰?

 昭和23年4月1日以降、全国各地で「聾唖学校」から「聾学校」と名称が変わっていたが、それを実施する為に働きかけた人物は誰だったのか、非常に気になっていました。

 まだ、はっきりしていませんが、「聾唖学校」を「聾学校」という名称に変えようと働きかけた人物は川本宇之介ではないかと俺は思っています。

 川本宇之介は元文部省の役人であり、日本聾口話普及会結成、鳩山一郎文部大臣の訓示など、文部省と連携する場面が多く、戦後、間もない頃、「聾唖学校」から「聾学校」と変更するようにと働きかけたんではないかと思っています。

 川本宇之介は「聾唖者」よりも「聾者」の方を選んでほしいとの想いを考えるとありえそうな気がしてきます。

 だから、今、我々聾者のアイデンティティの元となる「聾学校」「聾者」の単語を生み出したのは川本宇之介ではないかと思っています。断言できませんが、そんな気がするのです。

 川本宇之介は聾者を苦しめる口話教育を広めた一方、現在の聾者のアイデンティティの元となった「聾学校」「聾者」の単語を生み出した人物でもある可能性があるのではないか?と思います。

 聾児、成人聾者が誇りを持って生きてほしいとの願いは高橋潔、藤本敏文、横尾義智、三浦浩らも共感できる部分だったのではないかと考えています。

 あくまでも憶測なので、裏づく資料があれば、はっきりするかも知れません。


参考文献

  • 【聾教育学精鋭】
  • 【ろう言語教育新講】
  • 【日本聴力障害者新聞縮刷版(1)】
  • 【聾教育問題史】
  • 【日本聾史学会報告書第4集】
  • 【関東ろう運動60年のあゆみ】