川本宇之介から見た口話法と手話法
口話方式の長所
口話方式の根本的長所は、後記の如く確固たる言語に関する心理学並に社会学的根拠があること並にその書記語とその言語体系を一にすることである。言語を単に一学科と見た観点おり考察しても、まずその書記語と同一体系の言語でなければ、一貫する言語を授けることは出来ない。異種体系たとえば手話による方式を採用したならば、それと書記語との間に体系を異にするより起こる所の種々の葛藤が発現することは、前章においてこれを略述した如くであり、又次節に詳記する通りである。
音声語と書記語とが一体系であるということは口話法の一大強みであり、方法上より見ても、両者相たすけてその言語教育がよりよく成績を挙げ得るのである。又両相補うことによって、その語彙が豊富になり、知識はよく蓄えられ、又その思考が正確となり思想が充実し易いのである。これに反して、この点がうまくいかない所の手話方式の致命的短所が、この両言語が異種体系であることは、既に歴史編において視たことであり、又後節に詳述する如くである。
次に口話はよし、その成績が思わしくないとしても、社会生活より見てその周囲の人との間に思想の交換をなし易いという長所がある。この点はまだ、手話方式の致命的短所となるのである。元来言語は社会的意義が最も重要因子をなすことは、言語が人類や児童の間に、発現発達する過程よりこれを考えれば、何人も意義をはさむことも出来ず、又現在の我らの生活を考えれば、これを離れてはほとんど社会生活は不可能となってしまうのである。
以上を根本的原理として、これを実際方面を挙げて、口話方式の長所を列記して見ると、おおよそ次の数項を挙げ得るであらう。
言語の本質より見て
(1)言語が正確となる。手話語では父、男、夫、天皇を凡そ親指で示し、又色の赤は唇、白は歯、黒は頭髪を以て示すようになれば、黒色の髪であるか、黒色であるか。唇であるか、赤色であるか。白色であるか、歯であるか不明である。これは余りに連想のみに走って合理性に乏しい。「雨」も「雨降る」も同じ手話であるために、文字で表すとき、「雨る」と書いて「雨降る」と言う単文を表さんとする様になるのも決して稀ではない。口話法を以てすると、言語に此の不正確の点が少ない。
(2)抽象語を理解し発表することが出来る。これは前に述べた所であるから、一言で止めて置く。
(3)思想の流れを迅速にしその発達を促す。かの盲にして聾のヘレン・ケラーは最初は指文字と点字のみを習ったが、発語を習うに及んで、思想の流れは従前に三倍せりと自ら言っているのは、この間の消息を詳にするものであろう。
(4)人類としての本能を満足することによって、聾者に愉快の感、喜悦の情を起こさせる。
社会的方面
(1)職業生活をなすに、普通人と直接思想の交換が行われるから、便宜でかつ有利である。
(2)一般社会生活において、直接に意思を疎通することを得て、喜悦の生活を送り得るに至る。故に聾者は重苦しい圧迫を感ずること少なきものの如きである。手話法を以て教育させる時は、普通人との隔たりを痛烈に感じ、自然、卑下し劣等感情を起こし、最後に自暴自棄に陥り易い。
(3)口話法で教育させる場合は、聾者をして社会的に落伍させることが少ない。手話法においてはこの落伍者や犯罪者が生じることは比較的多いが、口話法を以て教育させること、この点は比較的に有利である。アメリカでは聾者の犯罪者が比較的少なく、本邦にては極めて多い所以を考えると、他におおくの関係理由もあるであろうが、この点に依存することが、甚だ大なることを考慮せなければならない。
(4)聾者の結婚に就いてもまた、話し得ると言うことは普通人と結婚するに極めて有利である。手話にて意思や思想を表現する聾唖者である時は、これは比較的困難である。そして聾者同士の結婚においても、その夫婦の間から生まれる子は必ずしも聾児であるとは限らないが、やはり正常人との夫婦間に聾児が生まれる確率よりも、遥かに多いことは事実であるから、出来る限りこれを避けるのをよしとする。
教育的方面
(1)口話法によると教育は徹底する事が大である。その最優秀なる者は、聴者の教育と略々同様の域に達し得ることが出来る。それはアメリカにおける大学教育を受けた者の数や程度等をみれば明らかである。
(2)中等教育を受ける場合に有利である。口話法で教育された優秀な者は、普通の中等学校の教育を受け得られる。アメリカにおいては近年益々普通の中等学校に入学する聾者多く、学校によって差異があるけれども、その優秀なる聾学校にあっては、最近ではその卒業生の30~80%にまでに及んでいる。更に優秀なものは聴者に交って高等専門教育を受け得られる者もまた、少なくないことは前期の如くである。
(3)体育の上から見て、口話法は呼吸を正常にし、新陳代謝を盛んにするを以て、或は風邪、器官枝炎その他の呼吸器病に侵されることが少なくなり、児童の身体を強壮にすることにも貢献する。日本の聾唖者の結核病にて死するのものの多いのは、この反面の理を物語っている様だ。これについては既に掲げたロシア・フランス二国とドイツの聾学校生徒の比較を引用した点を参照すると益々明らかである。
口話方式の短所
以上を以て大要口話方式の長所を記述したが、その短所としては要するに後に述べる様に、読話と発語には種々の制限があり、高等精神の働きを要する為に、多くの困難を伴うことに帰する。しかしながら、困難はいかに大なるとも全然成功を期し難きに非ざることは言うまでもない。故に口話方式を以て聾児を教育することは、吾人の任務使命だとは、耳科の大家ラヴ博士の述べた様に、もしも、人間を一人前の人間として教育せんとする精神のあるもの、人間愛の所有者は、必ず奮起し来る感情でありまたその力強い自覚であろう。
しかし凡その聾児を、一様に口話法を以て教育し、略々同様の成績をあげ得ると思えば、認識不足である。聾児ほどその資質は種々の差異のある者は他にない。
少なくとも聾児の一割ないし二割を占める低能児においては他の方法によるを以て有利とする。しかしまた、若し僅に全体の約一・二割を占める者に適する手話法のために他の八割少なくとも、七割の者しかも優秀なる者を含む所の多数者を擬制に供する様なことは、常識があり経験のある教育者の敢えてなうあたはざる所である。そして低能児に指話法、手話法を以て教えるとて、これを以て立派に教育効果を挙げ得るとは思われない。ただ教師も児童も無益の骨折を省き、その労力を他の仕事即ち図画、手工、裁縫等に集注し、やや長じては職業的方面の教育に、多くの時間を与え得るに便利であるのに過ぎない。これは後記する所のアメリカ ペンシルバニア州聾唖学校校長クラスターの長い経験がよくこれを、説明いるのに、読者はかならず共鳴されるであろう。
手話語の特質
一 手話語は自然的表出運動に基づき、人類の言語としては最も初歩的で、幼稚なるものである。
二 手話語は多義であり、変化し易い。却って意義が曖昧なるおそれが多い。
三 手話語は直観的であり思想を直接簡明に、絵画的に表現することは容易であるが、抽象概念を表現することは困難である。
四 手話語は思考を論理的になすことを困難になり、却って文を論理的になすことを困難になり、論理的表現を完全にならない。
五 手話語はそれ自身には、一の語法があるかも知れぬが、その語法は如何なる国語とも一致することはない。
六 手話語は殊に時間空間、原因、結果等の事物の関係、物の属性殊に人間の関係を明瞭に表現すること困難である為、甚だしきは、その文は文をなさず、語法の紛更を来たし、しばしば単語の羅列となることがある。故に聾唖児の思考力を発達させることに貢献することが少ない。
七 かくの如くであるから、手話語は各国の国語とは、全くその体系を異にする。異種の体系語と結合して教授しても聾児の使用する国語は、恰も木に竹をついだ様になる傾向が甚だ強い。却って自ら、聾児に文の理解力を盛んにし、読書力を発達させることを、甚だ困難になる。
手話法の最大短所
手話語の特質は右の如くであるから、これに基づく所のこの手話方式即ちフランス法は、聾児の身振表情に沿う基礎を有するから、習得に容易なることは否めないが、これでは、いかほど文法に合しようと努力しても、聾者の思想過程がこの手話を媒介として行われる以上、思想を十分に整頓し難いのみならず、抽象的の語を授けて場合には、その手真似は複雑多岐となり、表現に困難を感じ、到底デリケートな思想を、明確に伝達することは出来ないのである。たとえ、書言語を教え手話と文章とを結び付けても、前期の如き理由により、その間に種々の齟齬が引き起こされ、その文は木に竹をついだ様なものとなるのが常である。よって聾児の知識を広め、その思想を発達させるには、手話方式は不適当といわねばならぬ。
聾唖者の文例
手話法で教えられた者の文を長短取り混ぜて、三、四を挙げ以て、以上の事実を具体的に示して見たいと思う。尚参考の為に口話教育で教えられた文も長短二つを掲げることとする。
まず短い文の例として、社団法人日本聾唖協会地方某部会より、その評議員会の議題として、送って来たものを、あげるであろう。
「本部評議員実行委員代表三名、選挙財産に関する件
本部評議員証書辞令総裁子爵山尾庸三閣下の件
聾唖学校には手話口話の教員を使用に関する件」
尚口話法で教育されても、今だ学習に費やした年数が少ないか、又は児童の知能が乏しい為に、今だ言語を十分に「マスター」しない時は、上と同様なことが幾分起こるのである。ここに前章に述べた葛藤が、文の上に表れているのを見るであろう。
「雨ガフリマシタ。僕ハ靴ノ中ニ水ガ出マシタ。僕は長クツハビツクリシマシタ。ボクハカミニ長クツヲ作リマシタ。(これは紙で長靴を造ったの意ならん。)僕ハオ家ヘカヘリマシタ。……僕ハ汽船ノエヲ書キマシタ。良雄サンハ汽船ノエヲ書キマシタ。同ジマシタ。僕ハクレヨンヲカツテ下サイマシタカラ、良雄ハクレヨンガ自分ガイヤ持ツテキマシタ。(これは僕がいやだというのに良雄がクレヨンを持っていったという意味であろう。)お母サンハ良雄ヲシカリマシタ。」
今度はやや長い前書き文の例を示よう。これは社団法人日本聾唖協会の東京部会員某が福岡県の方へ旅行した時、東京部会へ送って来た手紙である。十分教育を受けなかった者であると思われるが、いかにも不明の箇所は多い。これはまだ、大体その意味は通じるが、その次に挙げた如きに至っては、当に甚だしく殆どの文の体系は整っていない。
「通知
去る七日東京駅を出発しましたから、九州の旅へ行きました。又来る十八日福岡市へゆきます。来月中東京に帰るの途中関西地方を見て回るのですと思ふ。伊豆の熱海に下車す。入浴たいと思ひます。
来る二十日講堂で会員の諸君に伝言し下さい。三浦先生は身体を大切に祈り上げます。サヨナラ」
上の文を書いた者は自らを称して「最初国京都盲唖院生」「唖者〇〇〇〇」と書いてある。この意味は「日本最初の京都盲唖院卒業生」という意味であることは、言うまでもなかろう。
「(今日十二日新聞紙ヲ拝見シマシタ)
アナタハ一同先生様御仕事熱心御勉強スベシ品行方正大イナル誠ビ申上シマス善事ヨクアリマス、盲唖学校人間故不具者(一時不明「無」ノ積リカ)ケレバ伺事ガ承知シマセン盲生ト唖者ゲンコ耳、病気ナイ世間ヲエキマセン何故です大イル心配ラセル悲観スヘシ私事一人叔父アリマス家族親類者別アリマセン、オハヨウシテゴザイマス(昭和九年一月十二日)」
中の文の如きは、単語において誤りがあり、語法、仮名遣漢字と助動詞による名詞的動詞の使い方等殆ど誤りだらけであって、全体としては、何を言はんとするかさへ明らかでなく、いろいろの単語がかえって思想が雑然漠然として、羅列していると言ってよい。
なほ言はんとする所は略々明らかであるが、助詞、接続詞、動詞の使い方が拙であり、ものの道理や因果関係等が紛交して思想が不明なる例として、一文をあげたい。
「拝啓 厚く暑い候昨夜は生花臺……三品が草津駅から送りましたからご承知して下さい。十九日夜か二十日朝かとは貴殿の宛に入品するが御待つて下さい。誠にすみません。去る十三日より十六日までの間は義兄さんが応召兵の事で多忙していましたから美術品の出品物はおそく作つて致しました故におそく送つた事が失礼致します。又は山尾庸三閣下の御獻志が最少に来成します。三・四日に仕上しますから、来る二十五日迄はこの品が必ず送るでは一寸にお待つて厚く願上げます故に御許して受けてくださいませ急ぐに変更しますとは(以下略) 昭和十五年七月十八日」
しかし七、八年程口話法によって教えられた生徒の多くは決してかくの如き誤りはしない。多くあっても一の端書のうちに二、三を挙げる位のものである。無意味に漢字の羅列などすることはない。比較の為に、一例のみを掲げることとする。
「毎日々々御暑い事で御座います。此お暑さにも先生御始め皆様如何御消光遊はされますか。私は去る十二日大津海岸から歸つて参りまいした。赤銅色の眞黒な身體と成つて元氣一杯で歸宅致しました。今年は人員も少なかつたので待遇もよく愉快な淸遊をしました。九月一日には元氣一様で御目にかかります。先づは暑中御伺ひ申し上げます。」
この端書を書いた者は全聾で、入学八・九年くらい経っている。幾分ぎこちない所があるのは、まだまだ練磨の不足の致すとこおろであると思うが、前のと比較するとその優劣に全く、天地の差があると言ってもよりであろう。上文は大体筋も通りよく纏まっている。殊に形容詞や副詞の使い方もよく、助詞は大体一ヶ所も誤りはない。細かいとおろを指摘せば、一、二如何かと思えるところもあるが、前者と比較にならぬ良好な成績であることに、何人も気づくでしょう。
人為的手話語の例
かく様であるので、ド・レペーの後継者市カールは、手話を文法的に組織しこれを確定する為に、手話に関する一種の辞書風な教授書までも著作したりした。今その一例としてアーノールドが「私は信ずる」(I beliebe)という最も簡単な文を、ド・レペーの方法的手話では如何に表現したかを示しているのを、引用して見よう。
一 代名詞の単数を表す符牒
二 右手の食指を以て、己の前額を指示す。これは思考機能を示す為である。
三 肯定(ハイ)の符牒をする。(「信ずる」という意味には肯定の意があるからであろう。)
四 私の指を私の胸の上に置きながら再び肯定(ハイ)の符牒をする。これにて愛する作用を示す(信ずる心持には愛する意味がある為であろう。)
五 私の口の上で前二者と同じ肯定(ハイ)の符牒をつくる。これと同時に私の唇を動かす。
六 自分の両眼の上に手を置く。この際否定(イイエ)の符牒をつくる。それは他のものを見ないことの意を示す(蓋し信ずることは或一事を直視するが、他のものを見ないことの意あるを以てならない)
七 あとに現在を表す符牒が残っているから、これをつくる。
八 ついで黒板に「私は信ずる」と書き下す。(ここに至って、初めて手話語と書記語とかが統合されやすいとするのである。)
ド・レペー氏は、「凡そこれらの符牒はほんとに私の目がまばたきする間に、つくられる」と言う如く瞬間的に流暢に行われるであろう。しかし、聾者はかくの如く複雑な手話を、決して日常生活に行う筈がない。
文法的手話語の例
これでも尚、聾児の書く文は、語法に縁の遠いものを書いたので、何とかして、彼らの文を語法に適合する様にしたいと考えて、彼の後継者シカール氏は、一種の辞書とも言うべき「符牒の理論」及び「聾唖教授過程」の二著述をなし、その目的の達成に邁進した。その著「符牒語の理論」中の二三の例を示して見よう。
狩猟家又は競技者
一 たとえば鹿、兎、鳥等が走る又は飛ぶ様な種々の符牒語で、ゲームの凡そを代表せしめる。
二 ゲームの袋を携え、肩に鉄砲を担いでいる人、そして数匹の犬が従っている様子を身振りであらわす。
三 射撃と殺すの動作の手真似をする。
上は正式にした手話語であるが、簡単には、人又はその性を表す符牒を伴って射撃する動作に圧縮するとのことである。しかし文となれば上の外、単数とか複数とか、過去や現在等の時をも加えることは勿論で、これらの語法のことは当然であるから、ここにはああげないのである。更に今一つの例をあげよう。
説き進める
一 二人の人を表す。その中の一人はある事をなさねばならぬ様に感じる様にする。
二 たとえば手紙を書く様な或一定の動作を表現することによって、上記のことを決定する。
三 右の二人の中の一人がその右の示指を以て、相手の肘へ数回繰り返し触れる。これは前記のことを
示すことの必要なる所以を、他人に強いる意を寄せるのである。この際これに適合する顔面の表情をも
伴うこととする。
四 文法上の「動作不定法」の符牒をする。
上の複雑なる符牒を簡単に圧縮して「左の肘を右の示指を以て繰り返して打つ」ことを以て、「説き進める、迫る、強いる」等の如き意味を表そうとするのである。
手話法による言語教授一例
単語を表す符牒だけにこの様な複雑な手続きを要するのであるが、これを文に表す場合、一般に通じる所の文法的手話による教授法の原則としては、尚一層複雑で、文法的要素を多く入れているのである。その原則を見ると次の如くである。
一 自由な自然的手話によって物事の概念を興せる。
二 語の順序に従って符牒(手話)語で概念を興せる。
三 語序に従って語に関する符牒を興せる。この際各語は名詞を示す他の符牒やその文の構成に関する符牒を伴うものとする。
四 凡そのこれらの準備が出来た後に、この概念に相当する書記語が提示される。
上の如くであるから複雑なること極まりなしと言ってよい。ここを以てアメリカで最初の聾唖学校たる「ハートフォードアメリカ聾唖学校」の沿革誌に記してある所によれば、この手話法はあまりに生硬である。不便であり大きな荷物を抱えて厄介至極なものとなった。あまりに多くの時間がこの手話を教えるのに費された。元来、手話は英語を教えるのが目的であるのに、目的は達せられないで、手話を教えるだけに甚だ多くの労力と時間を費してしまった。あたかもテコは重い石を動かすのに必要なものであるが、そのテコああまり大きい為に却ってそれを動かすんおに全力を注いで、肝心の目的は達せられないのと同様であった。そこで大いに改善の要を認め、フランス法ではあまり重きをおかなかった指話法式を採用するに至った。
日常生活の手話語
のみならず、前章において記した如く、なるべく簡単な表現によらんとする言語心理の致すところ、彼らの実際生活にはやはり自然的手話が使用されて、この種の文法的手話は教室においてのみ、しかも特に言語教授の際にのみ、使用されるに過ぎない傾向となるのである。ここを以て文法的手話を教授しようと、人為的の方法的手話を教授しようと、その第一伝路は、やはり自然的手話を主とする。そこでその書記語による文は前記の理由により、この初歩で幼稚単純なる自然手話に規制されてこれに還元し、その自然的手話に規制された国語の文となるから聾唖者の文は結局、如何に手を尽くしても手話的文とか唖人文と言うものになり、特別に優良なる生徒を除いては、前にあげた数例に近い文となるのである。
一般社会とは直接思想交換は出来ない。
更に他人との直接の思想交換について見ると、聾唖者の手話を以てその共同社会における共通的なる下言葉とすることは、到底出来ない以上、聾者の思想伝達の為の手話は、彼らの範囲にんみにおいてしか通用しない。これでは言葉の本質は甚だしく失われるのみならず、理論第一編第五章に挙げた聾教育の目的方針にも逆らうを免れない。そして普通の社会人即ち聴者との思想交換には「筆談」という間接的な方法だけに頼らねばならぬから、直接簡単な事柄にも非常な時間と労力とを費さねばならぬ。故に円滑なる交際を進めることは到底望み得ないのは当然である。のみならず、その筆談の文たるや、前記の如く、一般に正確なるを望み得ないもの多きにおいてをや。従って何れの点より見ても、前記教育目的を達する為には、この手話方式は適切なる方式と称することは出来ない。
手話方式の短所
手話方式の短所としては、ここに一々挙げるを認めない。前節に記した、口話法の長所とする点は、凡そ手話法に望むことは出来ない。故に前記各項の否定的事項がこの手話法の特色となり短所となるのである。ただ前にも記した如く、頭脳の低劣なる者には、その言語方式としては口話方式が適しているのである。しかしこれは前節の終わりの方でクラウター氏も指摘し明言した如く、この手話法によれば、低能児や劣等児の教育効果を大いに進め得るという意味ではなく、これら頭脳の低劣な者に口話法を以てすることは困難で、労多くして功が少ない。手話法で教授しても、その成績を大いに挙げ得ないことは、口話法でするのと同一であるが、これに費やす教師と生徒との労力と時間とを、他の教科目ことに職業教育に充当し得る便益があり、書記語による文を作る力を、繰り返し練習することにより、その言語の力を進めるのに、幾分有効であり利益があるに過ぎないであろう
シュナイダーの説
シュナイダー氏は「聾唖者の思考と言語」(1908年)及び「聾唖者教育の概念と方法」(1909年)において、手話なくては聾唖者は思考を不可能とすると考え、これを教育方式と、せねばならないと説いた。彼によれば、身振り言語は概念構成の現指摘絵画である。曰く「聾者の凡ての理解は身振りを通じての理解である。吾人は思考そのものを身振りの過程と称することを得る。聾者にありては、一層この事は当然である。統覚経験即ち、物事の意味が、説明的且つ明瞭なる身振りのうちに彫刻せられるのでなければ、吾人は聾唖者に言葉を興せることは出来ない。故に言葉は聾唖者が興味と生活を覚醒する所の施行形式においてのみ確定せられる。そして、言葉と身振りとの間には決して矛盾する対蹠的なものはない。聾唖教授の真実なる本質は、この両者を一の表現統一に統合することである。そして身振りに依ってのみ又身振りを通じてのみ、聾唖者は言葉に近づくものである。」と。聾唖者の言語教授の原理をかくの如く考えたシュナイダー氏は、実際方法として凡ての言葉における表出は身振りに適う如くに基礎付け、且つ確立されるのを要し、又身振りを教授の目的の為に培養し、且つこれを量的並に質的関係において、処理することを主眼とすべきであると説いた。かくて書記語についても、身振り的文字を通じ、書記語を以て、思考作用を営む如く指示することが教授上とるべき重要なる原理とするものであると主張した。
シュ氏説の批判
以上の見解は一見首肯させられるものであるけれども、次の四点において大いに考慮する余地がある。
一、身振りは聾者の自然的言語なることは明らかであるが、フーベル氏の指摘する如く、人為的身振り
語は決して自然的のものではない。そして心理的価値があるのは自然的身振り語であるが、人為的身振り語は、しかく重要な価値のないことを知らねばならない。
二、この方法によると、自然的身振り語より人為的手話語に翻訳し、更にこれを音声語に翻訳して、結局これを統一せんとするのであるけれども、迂遠にも二重の翻訳を要するに至る。身振り語は書記語と結びつくことさえも成功しない。これは既にド・レペー氏等の失敗する歴史を有するではないか。シュナイダー氏の言の如く手話語を経なくては、音声語を基礎とする言葉を教えられないのではない。教授の書記においては手話語を多少必要とするもそれは手段として必要であるだけである。
三、又思考の媒介としての言語は、同一人にとっては、同時に手話語と音声語とを併用することは出来い。これはこと夙にラヴやゴールドスタイン、近くはラッセル等の諸氏が異口同音に述べた如く、何れか一が勝利を占めることは明らかである。そして聾者にありては、前記の如く簡単に役立つ手話語が勝を占めるや必定である。これ前記の言語の心理的本質より見て当然である。かくて手話語が基本的思想伝路となって、これに規制される他の異体系の言語が不完全となるに至るであろうな。
四、教育は単に客観的に一方的見方の心理学的事実のみに依ることは出来ない。その具体的の体験によるところが大である。その体験におると、この併用法は、必ずしも是認することは出来ない。それは長い間の聾教育界の尊い体験である。手話語は音声語指導の出発点において補助として役立つに過ぎない。然るに音声語と手話語とに同じ価値を認める時は、結局失敗に終わることは、学理的に説明し得られると共に、経験がこれを明示する所である。
出典:【聾教育学精説】
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